東京地方裁判所 昭和47年(ワ)3581号・昭47年(ワ)4534号 判決
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〔判決理由〕(一) <証拠>を総合すれば次の事実を認め得る。
本件事故発生地は、県道飯能所沢線と若葉団地から角栄団地へ通ずる道路とが、ほぼ十字型に交わる交通整理の行われていない(即ち横断者の手動式の信号機はある)交差点で、横断歩道二本が接続してある。右飯能所沢線は、車道巾員七、五米(片側一車線)でアスフアルト舗装された歩車道の区別のない平坦な見とおしの良い直線道路である。これに交わる角栄団地方面へ通ずる道路は、入口が大きく角切りとなつている巾員五、一米のアスフアルト舗装された平坦な道路である。若葉団地へ通ずる道路は巾員四米の非舗装で、飯能市側からみて見とおしがよい。
訴外二階堂運転手は西武車(一四t車にバラセメント満載、車巾は二米四三)を運転して県道飯能所沢線を飯能市方面から所沢市方面に向け走行していたところ、本件事故発生地の手前六〇〇米位の附近(西武池袋線陸橋上、追越禁止区域)で、後方から追ついて来た関口車(車巾一米四九)が西武車を追越そうとしたけれども一回目は成功しなかつた(即ち、西武車が右へ巾寄せして追越しを妨害したものと、被告関口は思つた。)が、二回目には時速九〇粁位で追越禁止区域終了附近にて追越を完了した。その後関口車は時速六〇粁位にて所沢市方面に直進して来たところ、これを西武車(大型車であるから制限速度五〇粁)が時速六〇粁以上で追いあげるように車間距離不十分のまま追従して来た。本件事故発生地の手前四〇〜五〇米あたりで、関口車はブレーキをかけながら減速態勢に入り、交差点の手前から、右折を開始した。
他方、西武車を運転中の訴外二階堂には、関口車が二〜三回にわたりブレーキをかけて減速したことに対し、西武車の走行を妨害するものと考え、かつ、関口車が減速しながらやや左側へ寄り、右折するものとは全く配慮せず、訴外二階堂運転手は、従前の速度で関口車の右側を通過しようとしたところ、右折を開始した関口車に気づき、急ブレーキをかけるとともにハンドルをやや右に切つて衝突を避けようとしたけれども及ばず、右折中の関口車を追いかける形でスリップしながら進み、本件交差点の進行右端附近において関口車の右側後部に西武車の前部が衝突した。その衝撃により関口車は右前方の雑木林に押し出され、西武車は関口車に覆いかぶさる形で転覆し、本件事故が発生した。事故直前からの経過の骨子は別紙見取図のとおりである。
(二) 次に関口車が本件交差点を右折するにあたり「右折の合図を出すとともに、あらかじめ、その前から、できる限り道路の中央により交差点の中心の真近の内側を徐行しなければならない」旨の義務を履行したか否かにつき検討する。即ち前出の各証拠によれば、関口車の後部にある方向指示灯は、直経一〇糎位の赤色ランプが両側に各一個架設されているところ、これは制動灯をも兼ねているため、ブレーキをかけながら右折の合図を出し赤ランプがついたとしても、右折の合図もしているのか、制動だけなのか一瞬判断を遅らせる場合が生じることを認め得る。そして、右折の合図を出したか否かは、当初から分れ、訴外二階堂は「関口車は右折の合図を出していなかつた」と述べ、他方、被告関口は「右折の合図を出していた」旨述べて、いずれとも断定し切れない。仮に右折の合図を出していたとしても、追従車が相当接近していた以上、この西武車の運転手に十分認識できるように配慮すべきであつたにもかかわらず、訴外二階堂運転手に判断を誤らせている結果からみて、この配慮がなかつたといわれても致し方がないものというべきである。更に関口車が「道路の中央に寄つた」か否かの点は、前出の各証拠によれば、「関口車が道路の中央に寄つた」とは認め難い。しかし、進行方向の片側一車線の車道巾が三米七五にすぎず、関口車の車巾が一米四九、西武車の車巾が二米四三であり、西武車のスリップ痕の右側が当初センターラインの真近である事実からみると、関口車が車道巾員を左側へはみ出して走行したという証拠もない以上、それ程までに関口車が左側へ寄つて走行したとも推認できない。
(三) なお前出の各証拠によれば、被告関口は事故の前からタクシーの運転手であり、訴外二階堂も原告西武運輸に勤務する前にタクシーの運転手をしていたこともあり、ともに自動車の運転を職業としていた者であるため、いささか自己の運転技倆を過信し、事故前の追越禁止地域における追越しの際、右に巾寄せしたと思い、被告関口は追越を妨害されたと信じ込み、他面、追越完了後における関口車のブレーキによる減速を訴外二階堂運転手は「わざわざ追越禁止区域で追越しておきながら、その後に西武車前でブレーキかけるとは西部車の走行の妨害である。」と受けとつて、自動車運転手相互間の感情的不信が本件事故の基礎となり、西武車が車間距離不十分で、かつ、制限速度を超過してまでも関口車に追従走行したであろうと推認できる反面、被告関口としても、特に西武車に妨害を加える意図によるものではなかつたにしろ、不適切な右折方法に自然と出たものと推認できる。
(四) 以上の認定事実によれば、被告関口が関口車を運転して右折するに当り過失(即ち右折の合図を出したか否か疑問であり、仮に合図を出したとしても後続車側に十分理解できる方法とはいい難いのみならず、センターライン側に寄らずに右折し、後続する西武車の直進を妨げる結果をもたらした過失)があつたものといい得る。他方、訴外二階堂運転手には関口車との車間距離を十分とらないまま制限速度を超過してまで追従した過失により、関口車の右折に対応し切れなかつたものと認めるのを相当とする。
従つて被告関口と訴外二階堂運転手との双方の過失の競合によつて本件事故が発生したものというべきところ、損害賠償の公平な分担を決定する過失相殺として斟酌する割合は西武車側が五割、関口車側が五割と認めるのを相当とする。
以上によつて明らかなとおり、訴外二階堂運転手にも過失があつたものというべきであつてみれば、その余の判断を加えるまでもなく、原告西武運輸の免責の抗弁は失当というべきである。
(五) なお前出の<証拠>によれば、訴外二階堂運転手に対する業務上過失傷害被告事件において「被告人二階堂としては、先行する関口車が交通法規を守つて、あらかじめできるだけ道路中央に寄つてから右折するであろうことを信頼して運転すれば足り、交通法規に違反して、西武車の追従していることを知りながら、一旦左側に寄つてから右折の合図もせず、西武車の進路を横断して右折するが如きことまでも予想して車間距離を保持して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はない」として無罪の判決(川越簡易裁判所昭和四六年(ろ)第三号、昭和四七年三月二日宣告)が確定していることを認め得る。他面、被告関口は刑事事件としては、終始、被害者として扱われ、立件すらなかつたことを弁論の全趣旨(殊に取寄、顕出にかかる刑事事件記録)より認め得る。そして、既に説示したとおり、被告関口側に過失があつたけれども、本件衝突に至るまでに訴外二階堂運転手としても車間距離不十分のまま制限速度を超過してまで関口車に追従した過失があつたものというべきである。従つて刑事事件として、いわゆる信頼の原則により無罪であることは、刑事処罰を加えないというにとどまり、それで十分であつて、当事者相互間で損害の実質的公平な分担を意図する本件損害賠償請求事件において訴外二階堂ひいては原告西武運輸側に、いわゆる過失相殺した五割の損害賠償責任を負担させても、矛盾しないと解するのを相当とする。
(龍前三郎)